Vol.005『千葉、関東、全国、そして世界へ』

Vol.001のコラムでも紹介したが、僕のパラ水泳のキャリアは、母が地元の新聞で見つけてくれた水泳チーム『千葉ミラクルズ』からスタートした。2011年、小学校5年生の時のことだ。

千葉ミラクルズの設立が2008年なので、僕が加入した時には、まだチーム自体も駆け出しのころだった。
僕が最年少で、その上は高校生、そしてその上は(当時小学校の僕から見たら)おじさま、おばさまといった構成だった。「楽しく泳ぎましょう」といった雰囲気で、伸び伸び泳いでいたと思う。
そこで泳ぎを見てもらっていた方の紹介で、『気愛水泳塾』というところでも練習をするようになった。同じS8クラスの荻原 虎太郎選手と出会ったのもこの水泳塾だ。

千葉市内・県内の大会を勝ち抜き、関東大会や全国大会などにも出場できるようになった。大会でメダルを取れるうれしさが、水泳に打ち込むモチベーションだった。
小学校・中学校のころは日本全国、どこへ行くにも母と一番下の弟が一緒だった。
大会があれば、母はどこへでも連れて行ってくれたが、今にして思うと遠征費は自己負担だったはずだ。面倒をみてくれた両親には感謝しかない。

初めての海外遠征は2015年、ソチで開催された『第4回 IWAS世界競技大会』だった。
そのくらいの頃から強化育成選手に指定されるようになり、2017年、高校3年生の時には『ドバイ2017アジアユースパラ競技大会』の代表に選ばれた。

世界で戦う緊張と楽しさを知り、さらなるステップアップをめざし、僕は日体大へと進んだ。
入寮から1週間でホームシックになるなど、山あり谷あり、いろいろな経験が僕を待っていた。そんな日体大時代の話は次回!

窪田幸太が笑顔でメダルを持つ様子の写真
窪田幸太 公式インスタグラム窪田幸太 公式インスタグラム

ページトップへ