2018年、僕は日本体育大学へ進学した。
健志台キャンパスと寮は横浜市青葉区にあり、入学と同時に寮に入った。
そして、ホームシックにかかった……。
初めて親元を離れての寮生活や食事、友だちも知り合いもいない心細さなど、対処しないといけない『初めて』が一挙に押し寄せてきた。実家が恋しく、母のありがたさを感じた。
でも、そんな状況にも徐々に慣れてきた。
寮の同部屋は、当時博士課程に進学していた富田宇宙選手。歳が離れていたこともあり、のびのびと生活をさせてもらえた。富田さんとは現在も同じプールで練習をしているので、時々ばったり遭遇する。同じ日本代表として心強い存在である。
水泳部の同級生は男女合わせて14名。周りは高校時代の大会などで入学前から顔見知り同士の人が多かった。僕は人見知りなので、最初は輪に入っていけず少しとまどったが、じきに慣れた。
水泳部のレベルは高かった。入学当時、女子はインカレで優勝していたし、入ってくる選手もそこをめざしている人ばかり。練習環境も整っており恵まれた環境だった。
今、僕の専属コーチをしていただいている鷲尾さんと出会ったのも、大学に入った時だった。鷲尾さんは当時、大学4年生の学生コーチで、僕の練習も見てもらうようになった。
大学の授業内容は実技が多め。1年生の時には、『エッサッサ』と『集団行動』をしっかり経験した。どちらも日体大の伝統芸なので、興味のある方は「日体大 エッサッサ 集団行動」で検索してみてください。
日体大進学で、初めて親元を離れることになりました。練習や大会など、いつも送迎などをして子どもたちの中でも一番よく話をしていたのが幸太だったので、「もう一緒に暮らすこともないのかな」と寂しく思いました。入寮から1週間ほどで幸太から「帰りたい」とLINEが来ましたが、1年経つころには、家よりも寮のほうが居心地が良くなったみたいです。
窪田君と初めて会ったのは、私が大学4年生の春。新入生として水泳部に入部してきました。最初の印象は、「人懐っこい子だな」と思いました。ただ、ひょろひょろの体格だったので「練習についていけるかなぁ?」と思った覚えがあります。